小児科ブログ

論文投稿との格闘・・見知らぬ「上級医」とのやりとり

2025/12/22

 飯嶋です。今回は小児科学雑誌の編集を担当しているので、論文について書かせてください。
 
 私が初めて査読のある医学雑誌に論文を投稿したのは医師になって13年目、7年ぶりに浜松医大に戻った時でした。 研修医の頃から学会や研究会での発表はそれなりに経験してきました。しかし、それを論文にしようとは思いませんでした。赴任した各病院の上司からは「学会発表したら論文にして形に残しなさい」と再三言われていましたが、その言葉に従うことはありませんでした。日常診療に追われていたという理由もありますが、論文を書くこと自体に魅力を感じていなかったのだと思います。
 
 状況が一変したのは、助教として浜松医大に戻ることになり、履歴書とともに研究業績の提出を求められた時でした。学会発表は国際学会と全国学会に限って記載できる決まりがあり、これまでの発表のほとんどを占めていた地方学会や研究会は業績として数えられません。結果として、全国学会発表がわずか2題。一方、論文業績はゼロ。業績欄のほとんどが空白の履歴書を前に「これまで必死に働いてきたはずなのに、大学ではそんなことは全く評価されず、業績は無に等しいのか」と強い衝撃を受けました。そこで一念発起し、論文執筆に取り組むことにしました。

 まずは日本語論文です。ただ当時、新生児分野では自分より上級の医師が周囲におらず、論文執筆のノウハウも皆無でした。それでも新生児症例のケースレポートを書き、英語翻訳ソフトもなかった時代ですから英文要約も独力で作成し、某小児科学の雑誌に投稿しました。返ってきた査読結果は「major revision(大幅な修正を要す)」。原稿のほぼ全ての行に赤字でコメントが入り、総評には「修正すべき点が枚挙に暇がない。上級の先生に十分見てもらうこと。英文は全面的に修正が必要で、英語に堪能な先生のチェックを受けるように」と書かれていました。それを読んだ瞬間、愕然としました。見てもらうべき上級医がいない状況では修正のしようがない・・そう感じて投稿を取り下げてしまいました。その後しばらくは、さまざまな医学雑誌の症例報告や原著論文を読み、「どう書けば掲載されるのか」を独学で学ぶ日々が続きました。そしてようやく、日本語雑誌で初めての「accept(掲載可)」を得ることができました。今でもあの時の喜びをはっきり覚えています。

 すると欲が出て「次は英文誌に挑戦してみよう」と思い立ちました。「英語論文の書き方」と題した本を何冊も買い込み、NICUの医師室で1日中過ごしていたこともあって、必死に原稿を作成しました。インターネットで見つけた英文校正サービスに自費で依頼し、ようやく投稿にこぎつけました。投稿先は身の程知らずにもJournal of Pediatrics。結果は当然のように「reject(掲載不可)」でした。しかし、査読者の先生方が丁寧に多くのコメントを書いてくれたことに感激しました。修正しては1ランク下(またreject)、さらに修正してまた1ランク下の雑誌へ(またreject)・・・。

 そのやり取りを繰り返し、最終的にacceptに至りました。上級医に原稿を直接見てもらう機会のなかった私にとって、こうした世界中の(誰かわからない)査読者とのやり取りは、まるで上級医に論文を添削してもらっているような感覚でした。rejectされるたびに「また別の先生に見てもらえる」と思い、投稿を続けていました。そんなことですので、rejectになる回数は数えきれません。「This article is not interesting」の一言だけでrejectされたこともあれば、査読に回ることなく返ってくるeditor kickや、投稿した瞬間即座に返ってくるrapid rejectも何度も経験しました。それでも、この見ず知らずの「先生方」とのやり取りが,常に問題意識を持って診療に向き合う姿勢を育ててくれた、と今でも感じています。当時は、論文がacceptされると掲載料や別刷代を銀行振込で支払うのが一般的でした。送金書類にアメリカ、イギリス、スイス、時にはアルゼンチンといった国名を書くたびに、日本にいながら世界とつながっているような不思議なワクワク感を覚えたことも、今では懐かしい思い出です。
 
 それから10年、20年が経った今も、私の周囲に「論文を見てくれる上級医」はいません。それでも論文を書き、査読者に見てもらうやり取りは続いています。
 
 上級医のいる若手の先生方には、ぜひ今のうちに論文執筆に挑戦し、「上の先生」に原稿を見てもらってください。それは何ものにも代えがたい経験になるはずです。また、英文誌ではありませんが、浜松医科大学小児科学雑誌を投稿先の一つとしてご検討いただければ幸いです。
 
地域周産期医療学講座 飯嶋重雄